ツォツィ2008/12/05 02:05

ツォツィ

なんとも、振り返ってみればありがちな映画で、こんなに絵で描いたようなことが起こるのかね、と思うけど「心臓を貫かれて」を読んだ後だったこともあり、なんとも泣けてしまった。 ツォツィは、不良という意味で、本名はデビッド。母が病気で父がうつるからと母から遠ざける。イヌを蹴って背骨を折ってしまったのを見て、逃げ出して土管で暮らし、今はボロ家に住んでいる。金持ちの家に押し入ったり、地下鉄で強盗をやったりの生活。 ある日、家に入ろうとしている女のクルマを奪う。このとき女を撃つが女は死ななかった。そのクルマに赤ん坊が乗っていたのが大きな転機。自分が愛してほしかったこと、などからか、自分を重ねてしまうんだろうなぁ。ミルクをあげないといけないが、コンデンスミルクをあげたり、オムツを換えて新聞紙でくるんだりする。自分や家族がそうだったんだろうなぁとか思ってしまう。近くに赤ちゃんを持つ女がいて、銃で脅して乳を飲ませる。モビールなどを作って売ったりしていたようだ。夫はどこかで襲われて帰ってこなかったとか。ツォツィは自分の行いを考えてしまっただろうなと思う。女のところには二度行く。二度目で、名前を聞かれてデビッドと答える。この辺から、実は、ツォツィは境遇がそうさせただけの悪行だったとわかってくる。女は赤ん坊を預かってくれる。 もう一度、同じ家に押し入るが、ツォツィはミルクや哺乳瓶をとってくる。家の主を殺そうとした仲間をツォツィは撃ち殺す。びっくり。何しにいったんだろう。よくわからん。女のところに戻るが、もう赤ん坊を預かれないといわれ、返してきたら会ってくれるかと聞く。クルマを売った金を渡そうとするが受け取ってくれない。 結局、赤ん坊を返しに行く。その前に殴った仲間に謝る。家に言ってそのまま置こうとするが、結局呼び鈴をならす。赤ん坊と離れたくないようだ。ちょっと想像できなかったけど、そうだったのね、という感じ。警察が一杯来て銃を向けるが、家の主が彼は逃げないから、落ち着いてくれと、子どもを返してもらい妻に渡す。そういう意味の信頼があったのだろう。もちろん、子どもに銃を向けられたくないのもあるだろうけど。そもそも、ツォツィは子どもを返しにきてるわけで、大丈夫だということくらいわかると思うのだが。話の流れで、死んじゃうのかなと思ったけど、最後は投降して終わった。 そうそう、足が悪いヤツを追いかけて銃を向けるが、金を取るでもなく、なぜそんな体で生きると聞いたりする。なんか、南アフリカの現状を考えてしまう。簡単に地下鉄で人を殺すし、本当にひどい国だ。家のない子どもが沢山いるかと思えば、ものすごい金持ちがいたりする。なんか、考え込んでしまった。ツォツィも日本の普通の家庭に生まれれば、普通に育って普通に仕事したんだろうに。

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